卒論講評 2017年度


今年提出された卒論は以下の4本であった。


伊敷幸香「格差と教育:教育の機会均等をはかるためには」は、タイトルの通り、教育の機会均等を諮るために何が出来るのか、という政策的な問いに答えようとしている。立てられた問いは、教育基本法に謳われているこの理念が、現在の沖縄において実現されていないのではないかとの思いに触発されたものである。

 伊敷は、まず、「高所得・高学歴の親(第1世代)は→自らの子どもに多額の教育投資を行うことが出来る→それが 結果として高学歴の子どもを形成する要因となり→高所得・高学歴の親(第2世代)になる」という格差の再形成・固定化が起こっていることを、先行研究や各種データから説得的に描き出している。一部には説得力の弱い推論もあるが、計23の図表を使って確実に議論を進めている。

 結論部の政策提言として、伊敷は、授業料を後払いにし返済を所得に応じて支払うオーストラリア型の「高等教育拠出金制度」と経済的理由による学校外学習の格差を低減させるための「学校外教育バウチャー」の導入を提案している。政策提言型の論文としては、政策を実現させるための予算についての議論と政策効果についての予測が足りない所に不満が残った。


崎山麻子「3.11後の原発差止訴訟:事例比較と司法官僚の観点から」は、フクシマ前後の原発差止訴訟の結果を比較する中で、3.11前後で、原発差止訴訟に関する司法の態度は変わっていることに気付き、「3.11後に増加した原発差止の司法判断が行われる要因は何か」、そして「原発稼働問題について、行政との関係も含めて、司法の機能の現状はどのようなものか」という2つの問いを立てて議論を始めている。

 結論としては、3.11後の原発差止訴訟において、原発差止の司法判断が下される要因は、裁判長の個人的性質と用いる判断基準にあり、その裁判長の個人的性質には、「最高裁事務総局の統制を受けやすいか否か」という要素が関係していること、また、3.11の前後において、福島事故を機に裁判官達の心理が変わったことと最高裁事務総局の方針に影響を与える行政府の意向が変化したこと、がまとめられている。

 崎山は、インターネットの判例データベースを用いて判例の資料を集め、先行研究を使って仮説を導き出す手並みが良く、議論の進め方も手堅い。対抗仮説に応える努力をしているのも良いし、色々な分野の先行研究に言及する箇所も妥当である。ただ、全体として、これまで言われてきたことを証拠を挙げて再確認した感じが残るのが残念だ。また、司法と行政との関係については、もっと掘り下げることができたのではないだろうか。


菅原未来「地方自治体の平和事業の実態と平和意識の変化:沖縄市の平和推進事業を事例として」には、A3に引き伸ばしても字が小さくて読み取り辛い大きな図表が2つ付いている。「沖縄県及び市町村の平和事業の実態」と「平和事業分類」とである。

 菅原は、入学以来持ち続けてきた「沖縄と平和」をめぐる関心の中から「自治体の平和事業はどのように平和意識に影響を及ぼしているのか」という問いを取り上げて卒業論文のテーマとした。

 そして、沖縄の子どもたちは「なぜ平和貢献意識が高いにも拘わらず、平和形成方法について知らないのか」を探るため、自治体に焦点を当てて考察した。沖縄県の自治体での平和事業の実態とその内容を腑分けし、「戦争教育」が中心の「開設・設置」型の事業が多いこと、平和をどうつくっていくのかという積極的平和を目指す平和事業が少ないためことを見いだした。全ての自治体の平和事業を調べた努力が先に言及した図表に繋がっている。

 また「平和形成能力を高めるために地方自治体が行うべき平和事業におけるアプローチとは何か」という2つ目の問いに答えるために、沖縄市の平和事業に焦点を当て、アンケートやインタビューを実施し、①幅広い平和事業を提供すること、②市民の声を取り入れるアンケート調査などを利用してPDCAサイクルを回すこと、③市民の主体性が育まれるような参加型の平和事業を行うこと、が重要であると結論している。

 菅原も気付いているように、先行研究、特に、平和教育の現状についての先行研究が必ずしも十分ではない、という点がこの論文の限界と言えるだろう。自治体の実態調査に焦点を絞るためにも、こちらの先行研究を十分に踏まえておきたかった。


山城大地「ウォール街占拠の意義:空間の占拠、言説、そしてポスト占拠」は、2011年9月の Occupy Wall Street 運動というたいへん興味深いテーマを扱った論文だが、タイトルからも明らかなように、社会運動の意義や言説を扱った、星野ゼミの論文としては異色のものだと言える。今回の卒業論文の中で、参考文献リストの中に外国語文献が含まれている唯一の論文でもある。

 山城によれば、ウォール街占拠は、アメリカの深刻な経済格差を背景としていると同時に、2011年のグローバルな占拠運動の一部をなすものであった。第1章では、運動の中で行われた著名人のスピーチを分析し、

ウォール街占拠は、1999年の「シアトルの戦い」などのサミット・プロテストと異なり「動かない標的」を選んでいるということ、要求を突きつけるだけの抗議行動ではなく身体性を伴った直接民主主義の実践の場ともなっていること、などを掬い上げている。

 第2章では、この運動が生じた背景について、①人々の生活が新自由主義や資本主義の金融化などの危機に晒されており、人々は政治に対しても失望していたこと、②学費値上げや就職率の悪化などアメリカの学生にとって負債が深刻な問題であること、③ニューヨークの都市空間が厳しく管理された空間であると同時に、建築の物質的過剰と居住の権利の喪失が同時に起こっている空間であること、が論じられている。

 第3章は、ウォール街占拠が持つ意義についてまとめている。権力の象徴としてのウォール街という空間を一定期間占拠したことによって、富と権力を独占する金融エリート層を直接標的にすることに成功し、目の前にある資本主義の再検討を迫るに十分な影響力を持ったこと、また、運動の言説に関して、「われわれは99%だ」という有名なスローガンが従来の階級の壁を飛び越えて人々を結びつける力を持っていること、などがそれである。

 議論自体は大変興味深いものであるが、議論の核をなす命題に対して、必ずしも説得力のある根拠が提示されているとは言えない。説明が不十分であったり、経済統計や世論調査を使える箇所でも、それが行われていない。筆の力に更に磨きを掛ける必要がある。


 今年も力作がそろったが、どの論文も、長所があると当時に、短所を抱えている。一時は、今回は優秀論文を選ばないという選択肢に傾きかけたが、それでは忍びないと思い返して、菅原未来「地方自治体の平和事業の実態と平和意識の変化:沖縄市の平和推進事業を事例として」を優秀論文とすることにした。自分でデータを集めること、集めたデータを整理し分析する中で、問いへの答えを導き出す仕方は、次の学年にも見習って欲しいからだ。



(2018年2月11日 平昌を遠く離れた空の下で)

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