卒論講評 2016年度

 今年提出された卒業論文は、以下の7本であった。


足立美沙希「『児童の権利』条約化の過程分析」は、タイトルの通り、児童の権利に関するジュネーブ宣言(1924)が、児童の権利に関する宣言(1959)、児童の権利に関する条約(1989)へと発展する過程を分析している。立てられた問いは、なぜ児童の権利を条約化するめでに長い年月がかかったのか、である。

 この問いに対する3つの答え(仮説)それぞれについて、先行研究を紹介し、それぞれの章へと展開させているところが上手だ。ただ、子供観の対立、時間的・人的な制約、条約作成時の困難(国内法・慣習との対立、冷戦構造の影響)という3つの要因をどう比較するのか、という方法が十分ではなかった点が惜しまれる。


親川和輝「マレーシアにおける医療保障と社会保障:積立貯蓄制度の限界」は、足立論文同様、3年次のゼミ論をベースに発展させた卒業研究で、その分情報の蓄積があり、54頁の大作となっている。シンガポールにおける社会保障中央積立基金の一部をなしているメディセーブという公的医療制度と、それを真似たマレーシアの積立貯蓄型社会保障制度とそれを基盤とした医療制度とを比較し、これらが医療における国民の格差を是正するのに役立っているかどうか、検討している。

 両国の公表している英語資料を集め、図表化し、格差の実態に迫っているところが素晴らしい。欲を言えば、所得に応じた貯蓄を利用する制度が元々格差を生みやすい事を前提に、それを克服するための政策努力の有無にまで迫って欲しかった。


加治木理允「働きやすい社会に向けて:労使間紛争処理制度の課題と展望」は、長時間労働で自殺にまで追い込まれてしまう人を救うにはどうすれば良いのか、という明確な問題意識から出発している。その上で、日本の経済社会に根深く定着している長時間労働に対し、一定の歯止めになっていた労働組合の衰退と非正規雇用労働者の増加に伴い、労使間紛争処理制度がどのような問題に直面し、それをどう解決しようとしているのか、に焦点を当てたのが本論文だ。

 だが、「労使紛争処理制度の現状・課題をまとめ、これからの展望を探る」ことを論文の課題とするのは物足りない。国際比較も盛り込んで、記述自体は丁寧で読みやすいが、結論の部分に迫力が欠ける。労働者代表制度が1つの可能性であることはわかるが、単なる紹介に終わってしまったのは残念だ。


金城彩夏「里親制度委託率の低迷要因分析:児童相談所長会調査と全国里親会の経理問題を通して」は、虐待を含む様々な理由で擁護を必要とする子どもたちを救う手立てとしての里親制度(家庭擁護)に焦点を当てている。仮説の検証について意識的で、例えば補助金不正問題の時系列的整理など個別の問題について深く掘り下げようとする努力も見て取れる。形式的なことだが、図表や引用の記述が見やすく整理されているので、論文の内容に入っていきやすい。

 一方、問いと仮説がより大きな政治学・政策科学の枠組の中でどういう意味を持つかについての配慮が少ない。結論部分でも、里親制度と養子縁組制度の区別の必要性、全国里親会の事業活動の不明確さ、との結論を提示し、それを克服するための政策の方向性に言及し筆を置いている。


慶留間勇樹「沖繩の県内格差:レント理論による格差構造の分析」は、表題の通り、沖縄における所得格差、資産格差に注目し、その変化を沖縄における開発計画と「レント」との関係から解き明かそうとしている。先行研究とデータの予備的な分析から「なぜ沖縄の不平等度は全国のものと異なった動きをしているのか」という問いを導き出している点、先行研究の提起するいくつかの仮説をデータと照らし合わせて検討し、沖縄固有の要因として開発計画とレントとの関係を選び出した点は、これまでの卒業論文ではなかなか見られなかったもので、感心させられた。

 慶留間論文は、仮説の検証においても、自分の議論をできる限りデータや先行研究によって裏付けていこうとする姿勢が顕著で、そのために86頁という長さになってしまったことは指導教員泣かせではあったが、その努力を讃えたい。データが十分でないこともあり、仮説の全体が検証されたとは言えないが、部分的とは言え、説得力のある議論を展開している。


米須麻菜美「サブサハラ・アフリカにおける貧困削減:ソーシャルビジネスを事例に」は、ソーシャル・ビジネスと言う新しいテーマに焦点を当てている。日本のソーシャル・ビジネスの事例を検討し、それらがサブサハラ・アフリカで貧困削減をもたらしているのか、また社会貢献活動と収益事業を両立させながら、現地の人々の自律に寄与しているのか、それは持続可能なのか、をミレニアム開発目標(MDGs)の指標を用いて検証しようとした。

 サブサハラ・アフリカについて、ソーシャル・ビジネスについての先行研究が十分ではない印象が残った点、MDGsの指標を用いた効果の測定が他の変数の影響をコントロール出来ていないように見受けられる点、が残念だ。まだ新しい分野なので難しいとは言え、複数の成功例・失敗例を比較出来るようなデータの積み重ねが欲しかった。


普久原朝弥「紛争時におけるテレビメディア戦略の影響力」は、ベトナム戦争、湾岸戦争、「対テロ戦争」、イラク戦争という4つの事例について、戦争の経緯、メディアの果たした役割、テレビメディアの影響力をめぐる課題、の3つの視角から記述的に比較した論考だ。

 しかし、意識的な比較の枠組が明示的に示されていないため、メディア以外の要因との比較の中で、テレビメディアの影響力がどのくらい大きいのか、小さいのか、結論づけることができなかった。どれも重要な事例であり、論文中でも興味深いストーリーが展開されていて、論文自体は面白い読み物に仕上がっている。


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 今年も力作がそろったが、これらのうち5本が何らかの仕方で外国語文献や資料を扱っているのが心強い。とりわけ、足立論文、親川論文、慶留間論文は、それが議論の流れの中で活かされており、これから卒論を書く諸君にも真似をして欲しい。

 また、親川論文、慶留間論文は、多くの統計資料を外国政府や沖縄県のホームページなどから集め、整理し、分析あるいは考察を加えている点で特徴的だった。論文のテーマにもよるが、フィールドに出て事例を観察してくることの難しい大学生の論文としては、有効なデータ収集のアプローチだと思う。

 優秀論文としては、慶留間勇樹「沖繩の県内格差:レント理論による格差構造の分析」を選んだ。先行研究とデータの予備的な分析から問いを導出し、いくつかの仮説の中から1つを選び出す仕方は、次の世代にも見習って欲しい。


(2017年2月11日 雪のちらつく冬の京都で)

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