卒論講評 2015年度

2016年2月1日午後5時までに提出された今年度の卒業論文は以下の6編であった。順に紹介する。

儀間渉「持続可能な開発と貧困削減:ラオス、ナムトゥン第2ダムの事例から」

 貧困削減を謳ったナムトゥン第2ダム・プロジェクトの合意形成過程を検討し、国際的にも批判が多く、物議を醸したこのプロジェクトがなぜ実施されたのか、またプロジェクトの実施は貧困削減に寄与したのか、を考察した。

 世界銀行、ラオス政府、国際NGO(市民社会)の対応をフォローし、水資源の活用が貧困国ラオスにとって重要な成長戦略の土台と位置づけられていること、この事業が世銀とラオス政府にとってミレニアム開発目標を達成するための重要なプロジェクトであると考えられたこと、そして社会主義ラオスの情報統制の故に抗議行動が効果的に行なわれなかったことなどのため、世銀融資が決定された事情を説得的に記述している。入手できる情報が断片的なため、後者の問いには十分に答えられていないが、持続可能性の名のもとに経済成長を追い求めることで持続可能性が破壊されている可能性を示唆することはできた。

酒本萌子「結婚とは何か:アメリカにおける同性婚問題とキリスト教」

 同性婚をめぐる世界的な議論の高まりやアメリカにおける連邦最高裁の同性婚合法化を背景に、同性カップルが「結婚」を求める理由は何であり、なぜそれが世界中で議論の的になるのか、また一般社会における「結婚」とキリスト教会における「結婚」は同じものなのか、との疑問を提示し、様々な教会・教派が存在するアメリカにおいて「結婚」とは何なのかを神学的な議論も参照しながら検討した。

 法律において「結婚」は権利と保障を与え現実の生活を支える形として存在する一方、キリスト教においては「神」の下での結びつきとして認識されていること、法が誰も差別されずに自由に発言できる状態を作る方向に動き出している一方、教会もそれぞれの聖書解釈による「結婚」の定義変更にまで踏み切っている様子が丁寧に記述されている。全体の構成、議論展開の仕方が上手で読みやすい論文に仕上がっているが、最後の章には若干書き足りなかったのではないかと思わせる部分が残った。

田本彩華「先住民居住地域における学校教育の導入:ボリビアにおける教育開発を事例に」

 ミレニアム開発目標にも見られるように、国際社会共通の目標となった「基礎教育の普及」の理念の下、国際機関や各国政府、NGO団体は、発展途上国における初等教育の普及に精力的に取り組んでいる。本論文は、こうした教育開発支援活動による「近代学校教育制度」の導入が、土地と生活を密接にする「先住民」たちにとってどのような副次的効果をもたらすのか、ボリビアを事例に検討している。

 土地の生活とは乖離した都市的時間感覚の導入が児童にも村人全体にも浸透し、「服装」などに見られる子どもの自己肯定感の低下や村の働き手でもあった子どもから近代的「子ども期」への移行が実現し、貨幣経済を通しての都市的食生活による新たな貧困の懸念も生まれるなど、副次的効果の影響が大きく重大であることが上手に描かれている。記述が不十分な箇所もあるが、問題意識が著者の経験に根ざしていて、興味深い議論が展開されている。

津島槙一「生物遺伝資源の適切な利用方法とは:ABS問題を中心に」

 本論文は、生物多様性条約における「遺伝資源の利用から生ずる利益の公正で衡平な配分」(ABS: Access to generic resources and Benefit Sharing)の問題に焦点を当てている。このABS問題をめぐる議論が「先住民や地域社会が伝統的に保持・発展・伝承してきた知識」の権利の所在や法整備のあり方とも関わっているため、「遺伝資源の保護はグリーン経済・成長の新たな開発指針となるのか」「ABS問題に関して、原住民が有する伝統的知識の保護は可能か」という大小2つの問いを立てて、事例を検討している。

 南アフリカにおけるフーディア(サボテンに似たガガイモ科の多肉植物)に関する事例とやはり南アフリカにおけるルイボス(ルイボスティーで知られるマメ科の植物)に関する事例を取り上げ、利用国、原産国、伝統知識保持者の3者間で伝統知識に対する認識を揃え法令を設けることで、伝統的知識の保護は可能となるのではないかと論じる一方、遺伝資源の保護の問題は利益配分問題の比重が大きく、利益の大半を先進国側が得ていることから、配分される側である途上国のグリーン経済・成長の新たな開発指針となるとは思われないと結論づけている。

渡慶次哲未「気候変動と生物多様性をめぐるレジーム間の関係性と相互作用:REDDプラス政策を事例として」

 気候変動枠組み条約における「途上国での森林減少・劣化の抑制や森林保全による温室効果ガス排出量の減少」つまりREDD(Reducing Emissions from Deforestatio and Forest Degradation in Developing Countries)に関して、資金などのインセンティブを付与することによりそれを実現しようとする政策をREDDプラス政策と呼ぶ。本論文は、「持続可能な開発」という共通原理を内包する気候変動レジームと生物多様性レジームという2つのレジームの相互作用の結果、REDDプラスというサブレジーム(気候変動レジームの下位レジーム)が生まれた経緯を説得的に記述している。

 京都議定書におけるクリーン開発メカニズム(CDM)政策が植林中心に行なわれて地域の生物多様性に悪影響をもたらす可能性があること、生物多様性条約下の専門家会議が気候変動と生物多様性の相互作用に関心を持ち、気候変動の緩和策に生物多様性保全を統合する手段について情報を収集・分析し、気候変動枠組み条約の締約国会議に対して積極的に情報提供をしたこと、などである。

仲泊伶星「アフガニスタン難民における難民条約の有効性:イランとパキスタンの事例から」

 「難民保護の現場において難民条約は有効に機能しているのか」という問いを掲げて、条約締結国であるイランにおけるアフガニスタン難民と未締結国であるパキスタンにおけるアフガニスタン難民の状況を比較し、条約の締結・未締結に拘わらず、両国における難民の現状が厳しいものであることを明らかにし、難民条約が有効に機能していないと主張している。

 また、アフガン難民を取り巻く厳しい状況を生み出している原因について、パキスタンにおいては難民保護活動への援助資金の不足、難民に低賃金労働しか機会がないこと、国境付近の非合法活動など治安の問題が、イランにおいては難民保護活動への援助資金の不足に加えて、対イラン経済制裁の重荷が、アフガン難民を厳しい状況に置いていると述べている。

 「おわりに」で、UNHCRの資料の豊富さを評価する一方で、人権NGOなどの報告書や記事と比較して、難民の厳しい状況など「現場のリアルな描写」に欠けていることを指摘している。著者の問題解決への「情熱」が垣間見える記述となっている。


 以上6編の卒業論文は、どれを優秀卒論に選んでも不思議ではないレベルにある。悩みに悩んだ末に、今年は仲泊論文を優秀卒論としたい。先行研究がこの論文にどう活かされているかがよく書けていること、何を明らかにすれば仮説が検証されたことになるのかの見通しがハッキリしていること、そして全体としてよくまとまっていることが特徴といえる。選ばれなかった5本の論文の多くは粗削りだが情報量も多く、なにより論文として面白い。これが12月の末に提出されていたら、そして私のコメントに従って加筆修正されていたら、それが優秀卒論になっていたかもしれない。



(2016年2月7日 学期末試験を終えて静かになってきた千原のキャンパスで)

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